子どもの机にあるそろばんは、500年以上にわたる小さな改良の積み重ねです。その歴史を知ると、なぜ梁の上に1つ、下に4つの珠があるのか、そして電卓の時代にもなぜ先生たちがそろばんを使い続けるのかがよくわかります。
この記事では、古代の計算盤から中国の商人、江戸時代の寺子屋、電動計算機との有名な対決、そして今日の暗算教育まで、そろばんの歩みをたどります。
そろばん以前:計算盤と中国の算盤
古代の多くの文化では、盤に引いた線の上で小石や駒を動かして計算していました。英語の calculate(計算する)も、ラテン語で「小石」を意味する calculus に由来します。こうした計算盤は、駒の位置で値が決まるという点で、そろばんと同じ考え方にもとづいています。
中国では、駒が枠の中の軸に通した珠へと変わりました。この算盤はふつう梁の上に2珠(1つ5)、下に5珠(1つ1)をもち、明の時代には商人や役人の日常の計算道具になっていました。2013年には、中国の珠算(そろばんによる計算の知識と実践)がユネスコの無形文化遺産に登録されています。
日本への伝来
そろばんとその使い方は、15世紀後半ごろから貿易を通じて中国から日本に伝わったと考えられています。1600年前後に作られた日葡辞書にはすでに「そろばん」という語があり、広く使われていたことがうかがえます。
その後、日本の算術書がそろばんを広めました。毛利重能の『割算書』(1622年)はそろばんでの割り算を扱い、吉田光由の『塵劫記』(1627年初版)は四則計算をわかりやすい例題で教えました。『塵劫記』は江戸時代を代表するベストセラーとなり、そろばんの技術を商家の外へも広げました。
江戸時代の「読み・書き・そろばん」
江戸時代(1603〜1868年)、商人や職人の子どもたちは寺子屋で学びました。その基本は「読み・書き・そろばん」と言われます。速く正確に計算できることは、商い、年貢、帳簿づけに欠かせない実用的な力でした。
この時代、そろばんは日本の工芸品にもなりました。播州(兵庫県小野市周辺)や雲州(島根県)などの産地では、今も質の高いそろばんが作られています。
上2珠・下5珠から上1珠・下4珠へ:珠が減った理由
上2珠・下5珠では、1本のけたで15まで表せます。中国の伝統的な計算法には便利でしたが、同じ数字を何通りにも置けてしまいます。日本の使い手たちは、道具を少しずつ簡単にしていきました。
まず上の珠が1つになり(1/5)、のちに下の5つ目の珠も取り除かれました。正確な年代は資料によって異なりますが、現在の上1珠・下4珠の形は19世紀末ごろに現れ、1930〜40年代に標準となりました。
| 形 | 1けたの珠 | 1けたの最大値 | 学ぶ人にとっての意味 |
|---|---|---|---|
| 中国の算盤 | 上2+下5 | 15 | 柔軟だが、2通りに置ける数字がある |
| 初期のそろばん | 上1+下5 | 10 | 簡単になったが、下の珠が1つ余る |
| 現在のそろばん | 上1+下4 | 9 | 数字ごとに置き方は1通り。5と10の補数が必要になる |
上1珠・下4珠だからこそ、子どもは5の友だち・10の友だちを学びます。空いている珠がないときは、5珠を使うか、となりのけたに繰り上げるしかありません。道具そのものが数の分け方を教えてくれるのです。
1946年、そろばん対電動計算機
1946年11月、米軍の新聞「スターズ・アンド・ストライプス」が東京で公開の対決を企画しました。そろばんを使ったのは逓信省の職員・松崎喜義、電動計算機を使ったのは当時最も優れた操作者の一人とされたトーマス・ネイサン・ウッド二等兵です。
そろばんは足し算・引き算・割り算・総合問題の4種目で勝ち、負けたのは掛け算だけでした。この話は、機械が役に立たないということではなく、訓練を積んだ人が簡単な道具で驚くほど速く計算できることを示すエピソードとして知られています。
現在のそろばん:計算機から学習の道具へ
1970年代以降、職場では電卓がそろばんに取って代わりました。しかし教育での役割は残りました。小学校の算数では今もそろばんを学び、多くの子どもがそろばん教室に通い、検定では級から段まで認定されます。
研究者が注目したのは、熟練者が頭の中のそろばんで計算できるという点です。中国とアメリカの子どもを調べた研究では、この「頭の中のそろばん」がことばによる数え方とは異なる働きをすることが示され(Stigler, 1984)、その後の研究でも数が珠のイメージとして記憶されていることが確かめられています(Frank & Barner, 2012)。これがそろばん入門で紹介している珠算式暗算です。
いま世界中の家庭で、本物のそろばんとオンラインの道具が組み合わせて使われています。どちらを選ぶか迷ったら本物とデジタルそろばんの比較を読むか、すぐにオンラインそろばんを試してみてください。
そろばんの歴史年表
そろばんの歴史の主な出来事を簡単にまとめました。
| 時代 | 出来事 |
|---|---|
| 古代 | 多くの文化で小石や駒を使った計算盤が使われる |
| 中国・明 | 珠を使った算盤(2/5)が日常の計算道具になる |
| 15〜16世紀 | 中国との貿易を通じてそろばんが日本に伝わる |
| 1622年・1627年 | 『割算書』『塵劫記』がそろばんの計算法を広める |
| 江戸時代 | 寺子屋で「読み・書き・そろばん」が教えられる |
| 19世紀末〜20世紀半ば | 珠が上1・下5、そして現在の上1・下4に |
| 1946年 | 東京での対決でそろばんが電動計算機に勝つ |
| 2013年 | 中国の珠算がユネスコ無形文化遺産に登録される |
まとめ
そろばんは古いおもちゃではなく、ていねいに磨かれてきた道具です。珠を減らす、けたを見やすくする、定位点をつけるといった改良のたびに、位取りが見えやすくなり、あいまいな置き方がなくなりました。その設計こそが、今の子どもたちに数の感覚を教える力になっています。
さっそく始めてみたい方は学習ステップから。その先に何があるかは暗算を始める時期と教え方で紹介しています。
よくある質問
そろばんはどこから来たのですか?
中国の算盤が15〜16世紀ごろに日本へ伝わり、その後日本で珠の配置が簡単になりました。
なぜ下の珠は5つではなく4つなのですか?
上1珠・下4珠にすると、0〜9の各数字を1つのけたでただ1通りに表せます。あいまいさがなくなり、計算のきまりがはっきりします。
そろばんと中国の算盤の違いは?
算盤はふつう1けたに上2珠・下5珠、現在のそろばんは上1珠・下4珠です。そろばんの珠はひし形で小さく、指をすばやく動かせるように作られています。
そろばんが本当に電動計算機に勝ったのですか?
はい。1946年に東京で行われた対決で、そろばんの名人は5種目中4種目で勝ち、負けたのは掛け算だけでした。
日本では今もそろばんが使われていますか?
主に学習の道具として使われています。小学校の算数で学び、多くの子どもがそろばん教室に通って検定を受けています。
参考文献
- UNESCO (2013). Chinese Zhusuan, knowledge and practices of mathematical calculation through the abacus. Representative List of the Intangible Cultural Heritage of Humanity.
- National Diet Library of Japan. Japanese Mathematics in the Edo Period — Chapter 1: Early Edo Period.
- Stigler, J. W. (1984). “Mental abacus”: The effect of abacus training on Chinese children’s mental calculation. Cognitive Psychology, 16(2).
- Frank, M. C., & Barner, D. (2012). Representing exact number visually using mental abacus. Journal of Experimental Psychology: General, 141(1).
